2001年発表写真集「ma poupée japonaise」 (Aマリオ著) に寄せる詩とエッセイ ーホフマンの子供達、西と東とー
詩
古いトランクがおうちの女の子
かわいい足はどこにいったのかしら?
足がなければ「くるみ割り人形」が迎えに来た時に
バレエシューズを履いて踊ることすらできないじゃないの!
これは大変!舞台に間に合わない!
ドロッセルマイヤーさんを呼ばなくては。
足が見つかったし
お洋服も買ってもらったので
今日は外出の日
ちゃんと座ることのできない
お行儀の悪い子ね
でも気分は最高
脚があるって素敵
歩いたりはしないけど
皆が見てる、なんて可愛い子だろうって?
それとも……
事件に巻き込まれた可哀想な子だろうって?
東と西のはざまにいる、
人形と人間のはざまにいる、
極東から来た女の子
門を越えたら西になる
そして今度この門を越えたら
この子は人間になるでしょう
エッセイ
私は雑誌「ゴシック&ロリータバイブル」「ケラ!」の創刊編集長でした。いつも撮影したファッションページの写真には詩をつけるようにと、編集者やライターに指示を入れていました。なので「ma poupee japonaise」はAマリオによる完璧な38枚の写真集ですが、あえて個人のイメージで写真をシャッフルして、「ゴシック&ロリータバイブル」で書いていたように、写真からイメージした詩を付けました。
1980年代の終わり頃、東京に「ロマンチカ」という劇団が現れました。官能的だけど人形みたいな女優たちが現れて、それはそれは魅力的な舞台を見せてくれました。彼女たちは大声をはりあげない。感情もほぼ見せない。汗もかいていない様子です。裸みたいな印象だけど実はたくさんのアクセサリーで装飾されている……。現実の「女」はそこにいないと思わせるような、マネキンみたいな女優たちの芝居でした。洗練された、生々しさのないバーレスクとでもいうのでしょうか。マルキ・ド・サドやジャン・ジュネ、エリザベート・バートリを題材にとった舞台をやっていたかと思うのですが。もうあまりに昔のことなので、それは私の中の記憶違いかもしれないけれど。
劇団ロマンチカの活動が減っていって、そしてもう劇団の噂も聞かなくなって十数年経ちました。そしてある日私は、ロマンチカの中で、私が一番お気に入りだった女優・原サチコさんが、写真集のモデルになっていることを知ってたいへん驚きました。しかもドイツで「球体関節人形」になっているではありませんか……。
ものすごくマニアックな人たちに愛された写真集だったと思うのですが、当時この写真集は多くの人たちに衝撃を与えたようです。押井守のアニメ「イノセンス」はこの写真集にインスパイアされて誕生した、とも言われています。
そして2012年。私の作っていた雑誌「ゴシック&ロリータバイブル」でも球体関節人形のように見せる人間の撮影をしました。その時手足に黒いゴムを巻いたのですが、どうやらこれはこの「ma poupee japonaise」に影響を受けたスタッフの仕業だとつい最近になって知りました。
マリオの「ma poupee japonaise」は、日本人のクリエイターの間で強い影響を与えていたのです。
また原サチコはこの写真集の撮影の後くらいから、本格的にドイツに移住して今や日本人として唯一のドイツの公立劇場専属女優となり、20年を越しています(現在ハンブルク・ドイツ劇場専属。それ以前にはブルク劇場、ハノーファー州立劇場、ケルン市立劇場、またスイスではチューリッヒ劇場と専属俳優契約したことも)。
日本では小さな劇団で、息をしないような人形のような女優時代を送り、ドイツに渡ったことでマリオの手によって、東と西を分つブランデンブルク門の前に放置されて完全な球体関節人形にされたサチコ。古いトランクに詰め込まれて、人形としてのサチコはここで永遠となり、かつ死んだのかもしれません。
その後ドイツで女優生活を送ることを決意した彼女は、今やすっかり人間らしさを表現する本物の女優として活躍しているみたいです。
マリオはどうしてサチコを球体関節人形にしたのでしょうか。あえて本人に聞きはしませんでしたが、ドイツ出身のアーティストで、球体関節人形をアートにした最初の芸術家、ハンス・ベルメールの存在があるのかもしれません。またベルメールにも影響を与えた、「くるみ割り人形」「砂男」を執筆したドイツの作家、ホフマンの存在も。ホフマンは人形を人間に見せかけて男を惑わし、ベルメールとマリオは生きた女性を人形に変えてしまう魔法使いであり、ドロッセルマイヤーそのものです。
実は私自身も雑誌「ゴシック&ロリータバイブル」の撮影で、モデル達を人形にしたことがあります。私はまだ魔法使いの域には達していませんが、まちがいなくホフマンの子供だと思います。
ー不眠症ドールー
「不眠症で、あの世にいっても全然寝付けないリビングデッドドール。
毎晩うめき声をあなたに聞かせます。」
「ゴシック&ロリータバイブル」2012年46号掲載
「なりきりドール」特集より抜粋
モデル:みなかた ゆい
カメラ:おのでら ひろのぶ
ヘアメイク:なみき あきお
ディレクション&詩:すずき まりこ
ー遺棄ー
「ここは時に「人形病院」と呼ばれる骨董屋。
見捨てられた可哀想な子供達が、トランクに運ばれてやってくる。」
「ゴシック&ロリータバイブル」2012年43号掲載
「人形病院」特集より抜粋
モデル:はるな るな
カメラ:おのでら ひろのぶ
ヘアメイク:なみき あきお
ディレクション&詩:すずき まりこ
※ドイツのバウツェンで見た「人形病院」という名前の店がイメージソースになっています
西から東へ。東から西へ。
これからもホフマンの子供達は何度も行き来しながら、さらに新しい子供達を産み育てていくのでしょうね。時に古いトランクに入れられて……。
執筆:すずき まりこ
雑誌「ケラ!」「ゴシック&ロリータバイブル」「KERAマニアックス」創刊編集長。2024年7月に初の著書「ゴシック&ロリータ語辞典」を上梓。「ma poupee japonaise」も紹介しています。
https://www.amazon.co.jp/dp/4416623348
https://www.instagram.com/mariko3415/