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日独伊三国同盟ファシズム:横山大観とベニート・ムッソリーニ Fascism Axis Japan-Germany-Italy: Nihonga Painter YOKOYAMA Taikan and Benito Mussolini

横山大観夫妻とベニート・ムッソリーニ、写真にサイン、1930年4月26日(aka 皇紀2590年、昭和5年)

「天皇制の為:下らない横山大観戦争画 ー 内閣総理大臣顕彰受賞者村上裕二」の記事を巡って、先に「退廃芸術」(1)、「「反ナチ運動、反ファシズム、国内レジスタンス運動」のドイツ記念切手」(2)と「日独伊三国同盟ファシズム:横山大観 とベニート・ムッソリーニ」を簡単に紹介させていただきます。学校教育では、「退廃芸術」、「マルセル・デュシャン」、「コンセプチュアルアート」、「反ナチ運動、反ファシズム、国内レジスタンス運動」「横山大観 とベニート・ムッソリーニのファシズム関係」の分野が教えることをしないからです。記録のため、横山大観とベニート・ムッソリーニの映像と参考になる文章を同封させていただきます。ユーチューブで見つけた、貴重な、イタリアのニュース映像が消える可能性があるので、スクリーンショットと写真も投稿します。

柴崎信三の書籍「絵筆のナショナリズム」(幻戯書房、2011年、236p)からの文章を引用させていただきます:

「大観、ムッソリーニと会う」

ページ90:
イタリア政府がローマで開く「日本美術展」のために、大観は自ら選りすぐった八十人の日本画家の作品あわせて百七十七点を携え、のちにドイツとともに日本と枢軸国同盟を結ぶこの国を訪れたのである。

ページ91:
(横山大観の「海山十題」の引用:)「われわれ日本人は絵絹が単に室を美しく飾る目的のものに止まらずしてその掛物の上に描かれている二三輪の花、一羽の鳥、水の囁き、一幹の竹等が、我々の心に春の感じなり、涼味なり、哀愁なり、瞑想なりを暗示するに役立つもなのであることをよく知っている。我々日本人はそれをよく知っている。伊太利人も亦よくその点を了解されるであろう。」

ページ92/3:
大観はこのローマ展の翌年に帝室技芸員となり、さらに一九三五(昭和十)年には、文相・松田源治のもと、政府が在野系の画家たちを糾合して帝展の統合を進めた「松田改組」と呼ばれる美術界の改革でも、大きな役割を演じた。一九一四(大正三)年に大観が官展の審査員から外れたことが遠因で画壇での対立を深めていた日本美術院の頭目を、挙国体制の担い手に迎えることが松田改組の当初の狙いだった。一九三七(昭和十二)年には、大観は初の文化勲章を受賞するとともに、創設された帝国芸術院の会員に選ばれ、太平洋戦争さなかの一九四三(昭和十八)年には「彩管報国」の最高指揮官ともいうべき大日本美術報国会の会長におさまる。戦時体制下における大観の、「翼賛画家」としてのこうした階梯は、国家と軍部、そしてメディアと国民を結んで醸出された「世論」が準備した。その先駆けとなるローマの日本美術展という舞台は、まさに国民感情を動かした国粋美学の対外的なデモンストレーションの場であった。
紋付き羽織に袴姿の大観が夫人や引き連れた日本画家たちと待ち受ける日本美術展の会場に、イタリア王エマヌエーレ三世と首相ベニト・ムッソリーニが訪れたのは、開会式が行われた四月二十六日のことである。白髪に髭を蓄えた王は軍服姿で、ムッソリーニはモーニングに礼装して臨んだ。紋付き羽織の大観と夫人、そして随行した日本画家たちがこれに続いた。荘重な展示会場に「大倉家」と染め抜いた印半纏と股引姿の大工の棟梁連が居並び、右手を上げるナチス式の敬礼でこの行列を見送った。ファシズム体制へ歩みを早めるイタリアの首都を舞台に、その独裁的指導者と繊細な日本美を包み込んだ日本画の展覧会の取り合わせにも増して、半纏姿のヒトラー式敬礼は異形であった。


日独伊三国同盟を中心とする枢軸国は人類の大惨事でした。「天皇の為に死に 永遠の命を得ん」、「七生報国」。現在、ほとんどの日本人は自分のファシズム史を知らない。 Otto Dix、Max Beckmann (3)やPicassoのような反ファシズム画を描かなかった横山大観は戦争協力者であったこともほとんどの日本人も知りたくない。それはどうしてでしょうか?

東京、2017年5月9日
亜 真里男

(1)
退廃芸術 1+2 (2017年4月27日)
http://www.art-it.asia/u/sfztpm/cDUR8siqzgQClbmYxLna/
http://www.art-it.asia/u/sfztpm/UDfAZeWpdM7aLcJvjP4m/

(2)
「反ナチ運動、反ファシズム、国内レジスタンス運動」のドイツ記念切手 (2017年5月1日)
http://www.art-it.asia/u/sfztpm/1iagJ3OBHX9wQjRI4fTN

天皇制ファシズム
https://ja.wikipedia.org/wiki/天皇制ファシズム

Reto Hofmann “The Fascist Effect: Japan and Italy 1915-1952” (Studies of the Weatherhead East Asian Institute, Columbia University) 2015
https://www.amazon.co.jp/Fascist-Effect-1915-1952-Weatherhead-University/dp/0801453410/

Hans Woller “Die Abrechnung mit dem Faschismus in Italien 1943 bis 1948 (Quellen und Darstellungen zur Zeitgeschichte, Band 38)” 1996 De Gruyter Oldenbourg Publishing House

https://www.amazon.de/Abrechnung-Faschismus-Italien-Darstellungen-Zeitgeschichte/dp/3486561995

治安維持法
https://ja.wikipedia.org/wiki/治安維持法
https://en.wikipedia.org/wiki/Peace_Preservation_Law
https://de.wikipedia.org/wiki/Gesetz_zur_Aufrechterhaltung_der_öffentlichen_Sicherheit_(Japan)
https://ko.wikipedia.org/wiki/치안유지법

(3)
反戦・Cool九・東京国立近代美術館展「特集: 誰がためにたたかう?」(2015年9月5日)
http://www.art-it.asia/u/sfztpm/aAyrxYiBvctjoMpKLOwI

戦争体験に関する私のアートワークとしては、2004年のミヅマアートギャラリーでの個展にて、自分の家族の戦争体験を、シリーズ《ROBERTO》(= ローマ・ベルリン・東京) を通じて発表し、《ムッソリーニ》の彫刻も展示しました。当時のJapan Timesの記事に載った、私の厳しい発言も参考になるでしょう。

戦争犯罪人の疑問文、藤田嗣治・Léonard Foujitaの戦争画との出会い (2) (2017年5月1日)
http://www.art-it.asia/u/sfztpm/hVrFCLmWy83oKeX2zZwM/

アップデート:
退廃芸術のアーティストたちのドイツ記念切手 (2017年5月13日)
http://www.art-it.asia/u/sfztpm/204zAREVYa7gwZU53yC9/

天皇制の為:下らない横山大観戦争画 ー 内閣総理大臣顕彰受賞者村上裕二(2018年4月6日)
For The Sake Of The Emperor: Trashy Taikan YOKOYAMA – Yuji MURAKAMI (Prime Minister’s Award Honoree)
http://art-culture.world/articles/for-the-sake-of-the-emperor-trashy-taikan-yokoyama-yuji-murakami-prime-ministers-award-honoree/

日本の戦争画家と違って、現在、ドイツの退廃芸術のアーティストたちへの注目
(2017年6月28日)
http://www.art-it.asia/u/sfztpm/7iekdZCNQY2Gnb3omLWB/

横山大観・ムッソリーニ
横山大観(着物姿)とベニート・ムッソリーニ(中央) 1930年4月26日(aka 皇紀2590年、昭和5年)

A Roma Mussolini inaugura la mostra di pittura giapponese
https://www.youtube.com/watch?v=E-2cO9X5eSc

横山大観 ムッソリーニ
横山大観個展の展示風景、ローマ、1930年4月 (aka 皇紀2590年、昭和5年)
横山大観・ムッソリーニ横山大観・ムッソリーニ横山大観・ムッソリーニ1
横山大観2
横山大観・ムッソリーニ横山大観・ムッソリーニ.日本画日本画3

横山大観の「海山十題」

横山大観4
横山大観・ムッソリーニ横山大観・ムッソリーニ.日本画5
横山大観6
横山大観・ムッソリーニ7
横山大観・ムッソリーニ8
横山大観・ムッソリーニ9b
横山大観・ムッソリーニ10
横山大観・ムッソリーニ11
横山大観・ムッソリーニ12
横山大観・ムッソリーニ13

横山大観夫妻(着物姿)

横山大観・ムッソリーニ14

横山大観(着物姿)

横山大観・ムッソリーニ15

横山大観(着物姿)

横山大観・ムッソリーニ17

左側:横山大観(着物姿)

横山大観・ムッソリーニ16 左側:横山大観(着物姿)
横山大観・ムッソリーニ18 ベニート・ムッソリーニ(左)とファシズムの挨拶
横山大観・ムッソリーニ20

ファシズムの挨拶、横山大観とベニート・ムッソリーニ

横山大観・ムッソリーニ横山大観・ムッソリーニ.戦争19

ファシズムの挨拶、横山大観とベニート・ムッソリーニ

横山大観・ムッソリーニ21

左: 横山大観(着物姿)、ムッソリーニ

横山大観・ムッソリーニ22
ヒトラーとムッソリーニと近衛首相の3人は「仲良し」とされた子供向けポスター
ヒトラーとムッソリーニと近衛首相の3人は「仲良し」とされた子供向けポスター
日独伊三国同盟
日独伊三国同盟の代表映像
日独伊三国同盟を中心とする枢軸国の時:ベルリンの日本大使館、1940年
日独伊三国同盟を中心とする枢軸国の時:ベルリンの日本大使館、1940年
外務大臣 松岡洋右とムッソリーニの代理、ロベルト・ファリナッチ (Roberto Farinacci) ファシストの挨拶、東京、1938年
外務大臣 松岡洋右とムッソリーニの代理、ロベルト・ファリナッチ (Roberto Farinacci) ファシストの挨拶、東京、1938年
1938年に日本を訪問したイタリアのファシスト党の記念メダル
1938年に日本を訪問したイタリアのファシスト党の記念メダル
写真週報昭和16年(1941年)1月15日号、上から近衛文麿、ムッソリーニ、ヒトラーの姿を描いた羽子板を持つ、独日伊の女性Shashin_Shuho_No_151
近衛文麿、ムッソリーニ、ヒトラーの姿を描いた羽子板を持つ、独日伊の女性(写真週報 1941年1月15日号)
横山大観・ムッソリーニ横山大観
アーティスト飯山由貴の参考資料 @ アートフェア東京2015
アーティスト飯山由貴の参考資料 @ アートフェア東京2015
アーティスト飯山由貴の参考資料 @ アートフェア東京2015
横山大観・ムッソリーニ
当時のイタリアのファシズムの雑誌
羽田飛行場で戦争画家横山大観 1941年 (aka 皇紀2601年、昭和16年) 横山大観号と名付けられた爆撃機
羽田飛行場で戦争画家横山大観 1941年 (aka 皇紀2601年、昭和16年)
横山大観号と名付けられた爆撃機
横山大観
大礼服の姿、戦争画家横山大観 1941年 (aka 皇紀2601年、昭和16年)
大礼服の姿、戦争画家横山大観 1941年 (aka 皇紀2601年、昭和16年)
横山大観宮内庁
第15回 横山大観の時代 1920s‐40s 平成9年3月25日~6月15日

近代日本画の代表的な画家として知られる横山大観と,大観率いる再興日本美術院は,およそ大正11年頃から昭和前期にかけて,作品献上等を通じて帝室(皇室)や宮家との結びつきをしだいに強めていきます。そこには,帝室への畏敬の念というだけではなく,在野美術団体とみなされていた再興院展ゆえに,かえって権威に憧憬するという複雑な想いも込められていたといえます。そのため,この時期の大観の献上画や御下命による作品には,富士山や滝,日輪などをモチーフとする日本の風土を讃えた特定の主題への志向がうかがえるとともに,構図などには,大観芸術を特色づける独自の格式を重んじた定形的な作画法が明確にあらわれてきていることが指摘されます。その点からすれば,大観が主導した大正後期から昭和前期にかけての再興院展とは,ある意味では,官展以上にアカデミズム美術団体的な方向性を意識し続けた団体であったということができましょう。
本展は,こうしたいわば“公式芸術”としての日本画のあり方を主に風景描写を通じて摸索した,大正後期から昭和前期にかけての横山大観の絵画世界を当館所蔵作品10余件により紹介するほか,あわせて再興院展同人らの献上画帖作品や同時期の官展系日本画家による風景画の代表的な話題作等を並陳対比することで,大観芸術のひとつの特質を浮き彫りにするとともに,近代日本絵画史における横山大観の画業が特つ意義を改めて検証しようとするものです。
http://www.kunaicho.go.jp/culture/sannomaru/zuroku-15.html

2018年6月22日のアップデート、NHKニュースより(記録の為、そのうちに消えます):

横山大観

(スクリーンショット)
皇居「三の丸尚蔵館」新施設建設の方針固める
2018年6月22日 16時39分
皇室ゆかりの国宝級の美術品などを所蔵する皇居の「三の丸尚蔵館」について、宮内庁は現在の建物を取り壊し、新たな施設を建設する方針を固めました。展示と収蔵のスペースを大幅に拡充する計画です。
皇居・東御苑にある「三の丸尚蔵館」は、皇室から国に寄贈された国宝級の作品を数多く含む1万点近い美術品を保存・管理するとともに、無料で一般公開しています。

この施設について、宮内庁は展示スペースが手狭で、収蔵品の増加も見込まれるため、増築するとともに皇居内に収蔵専用の別の施設をつくる準備を進めてきました。

しかし、宮内庁が設置した有識者懇談会では、「収蔵と展示の場所が離れ、美術品の移動にリスクがある」とか「展示スペースがあまり広がらない」などと否定的な意見が相次ぎました。

このため、宮内庁は「三の丸尚蔵館」の増築などの計画を白紙に戻し、今の建物を取り壊して展示と収蔵の機能を集約した新たな施設を建設する方針を固めました。

新たな施設は地上3階、地下1階とし、今と比べて展示スペースを8倍程度、収蔵スペースを4倍程度に拡充する計画だということで、一度に展示できる作品の数が大幅に増え、展示品の入れ替えのための休館もなくなる見込みです。

宮内庁は来年度予算案の概算要求に向けて、新たな施設の具体的な設計を進めることにしています。

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20180622/k10011491301000.html

横山大観戦争画 横山大観画「日出処日本」1940 (昭和15)年、宮内庁三の丸尚蔵館蔵
横山大観画「日出処日本」1940 (昭和15)年、宮内庁三の丸尚蔵館蔵
横山大観 ファシスト
当時の日独伊三国同盟ファシズムの雑誌
1945年4月28日、ムッソリーニの遺体が、ミラノのロレート広場に吊された
1945年4月28日、ムッソリーニの遺体が、ミラノのロレート広場に吊された

https://en.wikipedia.org/wiki/Death_of_Benito_Mussolini

ムッソリーニ ミヅマアートギャラリー
亜 真里男「Mussolini」2004年、ミヅマ アートギャラリー
亜 真里男・ミヅマアートギャラリー
亜 真里男「Mussolini」2004年、ミヅマ アートギャラリー

戦争体験に関する私のアートワークとしては、2004年のミヅマアートギャラリーでの個展にて、自分の家族の戦争体験を、シリーズ《ROBERTO》(= ローマ・ベルリン・東京) を通じて発表し、《ムッソリーニ》の彫刻も展示しました。当時のJapan Timesの記事に載った、私の厳しい発言も参考になるでしょう。

日本ニュース・日独同盟・第一回枢軸戦勝祝賀国民大会
https://www.youtube.com/watch?v=jAz7R7zkj8w

日本ニュース・日独同盟・世界新秩序を目ざす日独伊三国同盟

日独同盟・松岡洋右外相の訪独を大歓迎するベルリン市民(Japan-Deutschland)
https://www.youtube.com/watch?v=cVw5I-6j-zI

様々な強制収容所・大量虐殺 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=BvLHluVYDf0

End of Mussolini – 1945 | Movietone Moment | 28 Apr 17
https://www.youtube.com/watch?v=-ZTFl9kR0us

https://www.youtube.com/watch?v=NTLQiNhrXMA
「横山大観」(昭和29年 茨城県製作)~懐かしのモノクロ映像

ここに載せた写真やスクリーンショットは、すべて「好意によりクリエーティブ・コモン・センス」の文脈で、日本美術史の記録の為に発表致します。
photo: cccs courtesy creative common sense

(originally postet at ARTiT web magazine, 2017/5/9)