天皇制の為:下らない横山大観戦争画 ー 内閣総理大臣顕彰受賞者村上裕二 For The Sake Of The Emperor: Trashy Taikan YOKOYAMA - Yuji MURAKAMI (Prime Minister's Award Honoree)
我が国は、村上隆と村上裕二 (1)を兄弟そろって美術教科書に記録しようとしているのか?
芸大日本画出身、国際活動で盛況した兄「隆」は問題ではなく、弟「裕二」の場合、教科書に載せることは未解決の謎が多く、時期尚早です。
裕二は昨年、内閣総理大臣賞を受賞し (2)、天皇制 (3)と日本画 (4)を象徴する富士山、月、龍などを描いている最中で、四ヶ月前の展示作題名にも:「青富士」、「天と龍」、「雪と富士」、「天」、「青天の月」とあります。こうしたものは、足立美術館や宮内庁の三の丸尚蔵館蔵を目指す作戦とも言えます。
日本ニュース第17号 日独伊三国同盟
星野直樹、東條英機、松岡洋右、(ここまでいわゆる「弐キ参スケ」のうち3人)大島浩、白鳥敏夫の姿が見えます。星野無任所大臣はポケットに手を突っ込んで態度悪いですな。松岡外相の演説中、向かって右側の方、日本語が理解できず手持ちぶたさで空を見あげています。
日本ニュース・日本ニュース・日独同盟・日独伊三国同盟二周年の式典
Glorious Imperial Japan, Greater East Asia Conference Vol.3 November 5, 1943
では、ここから村上裕二の下らない絵と同様に天皇制のために描いた横山大観先輩の戦争画を再概念した展覧会を紹介させていただきます:画家村田真 (5)の「『プチ戦争画』シリーズ」@ SNOW Contemporary。
2011年に発刊された、柴崎信三の書籍「絵筆のナショナリズム」(6)を絵画化し、男根主義の戦争画を短小ちんこ(プチ)化させ、日本美術史の馬鹿馬鹿しい大家の実践と素朴な国民反応を見事に冷やかしています。
トークイベント「プチ戦争画シリーズについて」に参加し、善悪の判断力を持つアーティストであると改めて感じました。
美術史教科書を巡り、我が国の美術研究者、美術史者の足りない能力・研究・知識を指摘する村田氏。戦争画としてを決定づけなければならない横山大観の「海山十題」(20点)と東京国立近代美術館におさめられている戦争画全153点の、氏が考えた素晴らしい対話劇。「いまだ一括公開されていない戦争画の全体像を一望の下に見てみたかったことと、戦争画を描いた画家たちの気持ちを少しでも追体験してみたかったから」だと語っていました。(7)
Berlin-Rome-Tokyo 1937
The Axis Powers – Documentary
日独伊三国同盟を中心とする枢軸国は人類の大惨事でした。日本のファシズム後、美術界で戦争責任を追及されたレオナール・フジタはフランスへ去り (8)、一方、横山大観は戦争責任を追及されることなく大家として晩年を全うしています。
「絵筆を意味する「彩管」によって国家に報いるという国策に応え、ともに戦争協力の指導的立場を貫いた画壇の両雄は、敗戦でその責任を問われながら、対照的な戦後の日々を生きた。異郷へ追われた藤田の女性像に漂うひんやりとした屈託と、焦土から再生する祖国を富士山に託した大観の憤怒の間に横たわるのは、戦中から戦後へかけて絵画という表象に託した日本人の「心音」というべきものだろう。」という柴崎信三の執筆。
朝日新聞で横尾忠則が書いた書評も参考にさせていただきます:「ともに「戦犯」の汚名を着せられながらも、藤田の低迷に比べて大観は日和見的政治手腕によりこの難関を突破、戦後再び画壇に返り咲き、「彩管報国」の富士山はそのまま日本美の象徴として新たな光彩を放ち始めた。日本を舞台に展開した2人の戦争画家の二つの人生だ。」(9)
展示空間の中では、「犠牲」になったフランス人レオナール・フジタと「彩管報国」の指導者であった横山大観の比較的な筆勢が鋭いです。
そして何といっても、近美に保管されているすべての戦争画153点(77人の画家+横山大観)が、世界で初めて(プチっと)一堂に集結したところがもう一つの見どころとなっています。
ところで戦争に対する反省の気持ちが、残念ながらどこにも見当たりません。
日独同盟・松岡洋右外相の訪独を大歓迎するベルリン市民(Japan-Deutschland)
https://www.nicovideo.jp/watch/sm23612073
日独枢軸・松岡洋右外相の訪独を大歓迎するベルリン市民(Japan-Deutschland)
フジタは、一流戦争画家として約150作を描き、大観も、作品がムッソリーニやヒトラーに贈られ、戦争協力者であった事に疑問はありません。(10A)
A Roma Mussolini inaugura la mostra di pittura giapponese
日独伊三国同盟ファシズム:横山大観とベニート・ムッソリーニ
Fascism Axis Japan-Germany-Italy: Nihonga Painter YOKOYAMA Taikan and Benito Mussolini
https://art-culture.world/articles/fascism-axis-japan-germany-italy-nihonga-painter-taikan-yokoyama-and-benito-mussolini/
にもかかわらず、戦後、横山大観の作品は切手になり、国民にも親しまれてきました。これが我が国の醜聞、とんでもないことに気づいていらっしゃるでしょうか?
1940年(昭和15年)10月 日本ニュース第19号
平成9年3月25日~6月15日
近代日本画の代表的な画家として知られる横山大観と,大観率いる再興日本美術院は,およそ大正11年頃から昭和前期にかけて,作品献上等を通じて帝室(皇室)や宮家との結びつきをしだいに強めていきます。そこには,帝室への畏敬の念というだけではなく,在野美術団体とみなされていた再興院展ゆえに,かえって権威に憧憬するという複雑な想いも込められていたといえます。そのため,この時期の大観の献上画や御下命による作品には,富士山や滝,日輪などをモチーフとする日本の風土を讃えた特定の主題への志向がうかがえるとともに,構図などには,大観芸術を特色づける独自の格式を重んじた定形的な作画法が明確にあらわれてきていることが指摘されます。その点からすれば,大観が主導した大正後期から昭和前期にかけての再興院展とは,ある意味では,官展以上にアカデミズム美術団体的な方向性を意識し続けた団体であったということができましょう。
本展は,こうしたいわば“公式芸術”としての日本画のあり方を主に風景描写を通じて摸索した,大正後期から昭和前期にかけての横山大観の絵画世界を当館所蔵作品10余件により紹介するほか,あわせて再興院展同人らの献上画帖作品や同時期の官展系日本画家による風景画の代表的な話題作等を並陳対比することで,大観芸術のひとつの特質を浮き彫りにするとともに,近代日本絵画史における横山大観の画業が特つ意義を改めて検証しようとするものです。」
http://www.kunaicho.go.jp/culture/sannomaru/zuroku-15.html (10B)
日本と共に、第二次大戦前のファシズムと枢軸国に属していたドイツ・イタリアは、戦後になると、はっきりとその問題点を見つめています。
様々な強制収容所・大量虐殺 YouTube
ドイツでは、戦争に協力的であった作家の、アルノ・ブレーカー (Arno Breker)、アドルフ・ツィーグラー (Adolf Ziegler) やレニ・リーフェンシュタール (Leni Riefenstahl)が、拒絶されるようになり (11)、イタリアも、未来派 (1910年に起きたモダニズムの最先端な芸術活動) のアーティストたちが1920年代からファシズムと戦争を賛美していましたが、1943年(!!)、レジスタンス運動の成功があり、今でも厳しく批判されているという現状です。(12)
また、同世代を生きたアーティストの中には、ナチスによって退廃芸術「Entartete Kunst」(13)とされた傑作がたくさん保存されています。例えば、ドイツの切手にもなり尊敬されている16人:マックス・エルンスト (Max Ernst)、オットー・ディクス (Otto Dix)、ワシリー・カンディンスキー (Wassily Kandinsky)、ジョージ・グロス (George Grosz)、ケーテ・コルヴィッツ (Käthe Kollwitz)、ハンナ・ヘッヒ (Hannah Höch)、クルト・シュヴィッタース (Kurt Schwitters)、フェリックス・ヌスバウム (Felix Nussbaum)、エーリッヒ・ヘッケル (Erich Heckel)、アレクセイ・フォン・ヤウレンスキー (Alexej von Jawlensky)、アウグスト・マッケ (August Macke)、フランツ・マルク (Franz Marc)、ロヴィス・コリント (Lovis Corinth)、オット・ミュラー (Otto Mueller)、マックス・ペヒシュタイン (Max Pechstein)、エルンスト・ルートヴィヒ・キルヒナー (Ernst Ludwig Kirchner)。(14)
他に、Hans Bellmer やPablo Picasso(「Guernica」、「The Charnel House」 の戦争画)の存在も重要です。
日本でも、丸木位里、靉光、松本竣介や山崎隆の作品がその仲間であると言えます。(15)
さて、村田氏の展覧会の話に戻りますと、2年前の、東京都美術館のグループショー「戦争画STUDIES」では、クレームをおそれてか、写真をご覧のように、 ほとんどの作品が裏側しか観えませんでした。(16)
今回、その表側を全て公開したものの、村田氏の自己検閲は続いており、
「153枚の戦争画の映像を除くのであれば、←
NHKでもどのメディアからでも取材はウエルカムだ」と言っています。
私は、こうした日本のアーティストらの自己検閲(広い意味で日本のキュレーターの自己検閲)を認めません。と言うのも、現代グローバル・アートの基準では、そういったアート実践の仕方は間違いだからです!
もっと言わせていただくと、2017年現在、日本では特に、アーティスト制作や発表の自由度は、益々悪化しているという状況です。(17)
私の場合、日本のファシズムと関係する日独伊三国同盟をテーマとした個展を2004年のミヅマアートギャラリーで行い、自分の家族の戦争体験を、シリーズ《ROBERTO》(= ローマ・ベルリン・東京) を通じて発表し、《ムッソリーニ》(18)の彫刻も展示しました。当時の朝日新聞やJapan Timesに記事が載りましたが、当時は全く問題ない環境でした。
はっきり言って、ほとんどの戦争画は、戦争写真家の作品のコピーです。(19)
現代アートには「ぱくり・アート」が非常に普及しています。日本の代表作家の例として、福田美蘭、森村泰昌、会田誠、奈良美智、村上隆 (20)などが挙げられますが、彼らのパクリ作は日常的な実践となっています。
ですから、村田さんへ: 一日も早く、撮影禁止区域を解放してください。
この機会を借りて、ついでに言わせていただきますと、東京国立近代美術館館長は、駐日アメリカ合衆国大使館に「この153点の戦争画を返せ!」と、1日も早く公式なアピールをお願いします。いつまでお待ちになっているつもりですか。「話し合う外交」は、実は非常に簡単なものです。
横山大観の「海山十題」の引用を読みます。(21)
「われわれ日本人は絵絹が単に室を美しく飾る目的のものに止まらずしてその掛物の上に描かれている二三輪の花、一羽の鳥、水の囁き、一幹の竹等が、我々の心に春の感じなり、涼味なり、哀愁なり、瞑想なりを暗示するに役立つもなのであることをよく知っている。我々日本人はそれをよく知っている。伊太利人も亦よくその点を了解されるであろう。」
ハーフ伊太利人である私、亜 真里男は、日本人の妻を持ち、そして30年以上日本に住みますが、横山大観の発言を了解しません。
「天皇の為に死に 永遠の命を得ん」、「七生報国」。ふざけた、戦争を反省しなかった横山大観に始まり、我が国の戦争歴史をもみ消し、虚偽とする60年間の自民党。そして天皇制を見守っている日本美術団体「日展」(22)や、戦略的に「日本美術院」が宮殿で、文化勲章受章者及び文化功労者等を通じて茶会をする光景。汚職日本芸術院会員たちと因果関係を持つ毎年11月3日の「日本人に生まれてよかった」文化の日。(23)
こうした国の構造から、社会的、文化的な「服従教育」、森友学園疑獄を象徴する内閣総理大臣 安倍晋三と妻 昭恵の政治主観 (24)、独立心のある女性と男性を成長させない、未成熟で、不自由な原因と結果が現れています。
“愛国”学校ができるまで 名誉校長は安倍総理夫人
“愛国”学校ができるまで 名誉校長は安倍総理夫人
ここまで色々と申し上げましたが、ワタクシはモラリストではありません。皆様が各々自由な生活と、人間関係を気にせず、気楽な人生を過ごせることを期待しています。ですから、アートに関しても、ご自由に表現していただいて構いませんが、くれぐれも日本美術団体の監獄には入らないでいただきたいです。
残念ながら、海外で大活躍のアーティスト村上隆は、自分の弟、日本美術院員 村上裕二を援助しています。結果的に、横山大観問題の現代版と言えます。
また、現在、日本アート教育をダメにしている多摩美術大学名誉教授・日本美術史学者 辻惟雄や多摩美術大学教授・日本の美術史学者 本江邦夫氏らが、村上裕二と似た日本画家を応援しています。
この情けない状態を少しでも照らし出している「「プチ戦争画」シリーズ」展。間違っているアート教育、足りないアート百科事典、文化的なコンシェンスを考慮する画家村田真。ブラボー!非常に評価の高い、今年春のTop 3、個展!
お見逃しのないよう、今月27日までにSNOW Contemporaryへ足をお運び下さい。
東京、2017年5月20日
亜 真里男
村田 真
「プチ戦争画」シリーズ @ SNOW Contemporary
2017年4月21日(金) ~ 5月27日(土)
11:00-19:00 日月は休廊
東京都港区西麻布 2-13-12 早野ビル 404
http://snowcontemporary.com/exhibition/current.html
補遺
(1)
日本現代美術界を巡る村上隆と村上裕二兄弟 1-4 (2015年11月2日)
http://www.art-it.asia/u/sfztpm/6p2UkBKatRZjGcDfhVri/
http://www.art-it.asia/u/sfztpm/25QoWYRnCJj98xz1EKBm/
http://www.art-it.asia/u/sfztpm/IbsvW6iA1JBpXmDkNwgP/
http://www.art-it.asia/u/sfztpm/IbsvW6iA1JBpXmDkNwgP/
アップデート、2018年1月2日:
村上隆のKaiKai Kiki Co., Ltd., established April 20, 2001
「かい かい」= 日本美術院の日本画家 村上裕二
「きき」= 村上隆
KAI KAI = younger brother and Nihonga-painter MURAKAMI Yuji
KI KI = MURAKAMI Takashi.
疑問すべき山下裕二のドラえもん展:会田誠、小谷元彦、奈良美智、西尾康之、福田美蘭、Mr.、村上隆、森村泰昌、山口晃、、、1/2(2018年1月2日)
http://www.art-it.asia/u/sfztpm/UKH5IFE7SMsTmkl3Q06n/
(2)
内閣総理大臣賞受賞の村上裕二氏におめでとうございます (2016年9月12日)
http://www.art-it.asia/u/sfztpm/9QmoaJgx6lhbziReNG2K/
(3)
天皇制
https://ja.wikipedia.org/wiki/天皇制
「あるべき天皇像」とは
http://www3.nhk.or.jp/news/web_tokushu/2017_0612.html?utm_int=news_contents_news-closeup_003
皇国史観
https://ja.wikipedia.org/wiki/皇国史観
天皇制ファシズム
https://ja.wikipedia.org/wiki/天皇制ファシズム
Alan Tansman “The Culture of Japanese Fascism” (Asia-Pacific: Culture, Politics, and Society) 2009
https://www.amazon.co.jp/Culture-Japanese-Fascism-Asia-Pacific-Politics/dp/0822344688
Reto Hofmann “The Fascist Effect: Japan and Italy 1915-1952” (Studies of the Weatherhead East Asian Institute, Columbia University) 2015
https://www.amazon.co.jp/Fascist-Effect-1915-1952-Weatherhead-University/dp/0801453410/
Hans Woller “Die Abrechnung mit dem Faschismus in Italien 1943 bis 1948 (Quellen und Darstellungen zur Zeitgeschichte, Band 38)” 1996 De Gruyter Oldenbourg Publishing House
www.amazon.de/Abrechnung-Faschismus-Italien-Darstellungen-Zeitgeschichte/dp/3486561995
針生一郎オーラル・ヒストリー 2009年2月28日
インタヴュアー:建畠晢、加治屋健司
針生:…
それと、もう一つは、天皇制に関しては、1946年1月1日の日付で天皇の人間宣言といわれる最後の勅語が出るわけだ。だけど、人間ならば2000万の人間を殺し、300万の日本人を死なせた戦争責任の元凶としてせめて自分が退位する、天皇の位を退くくらいがなければ、全く責任の感覚がないとなると思った。だからこれいんちきだ、占領下で実権を失っても天皇という地位にしがみついていたいといういんちき宣言だと思ったから、天皇制否定になるんです、そこから。だけど、やはり昭和天皇というのは同時代を生きてきて、自分の父親と同じくらいの年齢で、情において否定するに忍びないものがある。だからこれはほとんど書いたことはないが、大学時代になってから、飲み屋で知り合った村の青年団長が今から宮城奉仕に行くんだけど君ら行かないかと言うので、宮城奉仕には天皇皇后が必ずでてくるから身近に見てみたいというだけのことで宮城奉仕団に加わった(笑)。
….
針生:原武史がその後、去年だったか、岩波新書で『昭和天皇』というのを出した。皇太后としては講和条約が成立したら戦争責任をとって昭和天皇に自ら退位するということをさせるつもりで、昭和天皇もそのつもりになったんだけど、それを申し出たら吉田茂首相に反対された。今辞められちゃ困ると。それで止める程度の決意でしかなかったとも言えるんだけども、非常に納得がいったな。あそこで辞めていれば、雅子妃の問題なんて起こらなかったと思うんだ。雅子さんというのは、保阪正康という昭和史の歴史家みたいなのによれば、外交官のキャリアを生かせないとかそんなことではなくて、あるべき天皇像、皇后像のイメージが描けなくなったんじゃないかという。僕はその通りだと思う。
http://www.oralarthistory.org/archives/hariu_ichiro/interview_01.php
(4)
「日本画」を創始した当事者はアーネスト・フェノロサと岡倉天心だが、彼らの背景には西洋社会に対抗しうる日本を打ち立てようとする国粋主義があった。1887年、両者の尽力で開校した東京美術学校(現在の東京藝術大学美術学部)も、日本画部門が設けられた反面、西洋画部門はなかった(その後、1896年に開設)。こうした国粋主義の傾向は、第二次世界大戦まで続いたが、戦後になると深刻な反省を迫られ、旧来の「日本画」に対して「日本画滅亡論」が唱えられたこともあった。
著者: 福住廉
http://artscape.jp/artword/index.php/日本画
(5)
村田真 「プチ戦争画」シリーズ @ SNOW Contemporary (1+2) (2017年4月23日)
http://www.art-it.asia/u/sfztpm/lpO5V2WL6baw0DvNomHf/
http://www.art-it.asia/u/sfztpm/vIlgcpiJW0M3Eun4RoTV/
(6)
柴崎信三:「絵筆のナショナリズム ー フジタと大観の<戦争>」2011、幻戯書房
https://www.amazon.co.jp/絵筆のナショナリズム―フジタと大観の“戦争”-柴崎-信三/dp/4901998765
(7)
展覧会の案内より:
「村田真 「プチ戦争画」シリーズ
プチ戦争画
東京国立近代美術館に所蔵されている戦争記録画(戦争画)全153点を、20分の1に縮小・模写したもの。画像は画集や展覧会カタログなどを参照し、図版化されていないものは東京国立近代美術館アートライブラリにある写真(画質は悪い)からカラーコピーさせていただいた。制作意図は3つ。
①10年ほど前に、レンブラントの《夜警》やピカソの《ゲルニカ》といった超大作を、0号のキャンバスに縮小・模写する「てのひら大作」シリーズを制作したが、今回はその延長上にある。巨大な画面は見る者を圧倒するが、それを手のひらサイズに縮小すると文字どおり「手中に収める」ことができる。とくに戦争画はマッチョでいかめしいイメージがあるため(作者78人は全員男性)、手のひらにのせて愛でてやりたいという冷やかし気分もあった。「プチ」という語はそうした気分に由来する。
②戦争画に手を染めた画家たちは、喜び勇んで描いたものもいれば、仕方なく引き受けた画家もいただろう。戦争画を巡ってはさまざまな思惑や葛藤が渦巻いていたはず。そんな美術界の状況や当時の画家たちの気分を少しでも追体験してみたいという思いもあった。ただしこれは成功したとはいいがたい。実物を見て描くならいざしらず、小さな図版を見ながら小さな画面に機械的に模写するだけなので、追体験する余裕などなかったからだ。とはいえ、作品解説や画家のエピソードに目を通す機械が増え、あらためて「戦争」について思いを馳せることになった。
③東京国立近代美術館は1977年、153点のうち約50点を一括公開する予定だったが、直前になって中止。以後数点ずつ常設展示場で公開してきたが、数十点単位で展示したことはない。なので、この153点という数がどれほどの量なのかを目に見えるかたちで表したかった。ちなみに、2015年に東京都美術館で発表したとき大半を裏返しにしたのは、模写を見せたいのではなく、量を見せたかったからである。そしてごく一部のみ表を見せたのは、常時見られる作品がどれほど少ないかを示したかったからである。
今回の展示は、左上から下へほぼ制作年代順に並べ、右下で終わるように構成した。また、元絵の大半は油絵であるが、日本画も22点含まれている。制作年や画材によって、わずかながら戦争表象の違いがわかるはず。
プチ大観(海山十題)
横山大観は戦争記録画こそ描かなかったものの、戦時中も富士山をはじめとする日本の自然を描き、また「彩管報国(絵筆で国に報いる)」を掲げる日本報国美術会の会長を務めるなど、精神的にも経済的にも軍をバックアップしてきた最大の戦争協力画家。その大観が1940年(皇紀2600年)、日本橋の三越と高島屋で「海山十題」と題する展覧会を開いた。それぞれ「海に因む十題」と「山に因む十題」の10点ずつ展示し、1点25,000円という破格の高値にもかかわらず、計20点(50万円)を完売。その売り上げで戦闘機4機を購入し、陸軍と海軍に2機ずつ寄付したという。
その「海山十題」を「プチ戦争画」と同じく、20分の1に縮小・模写した。元絵が戦争画に比べて小ぶりで、20分の1では頼りないほど小さくなってしまうため、軸装にした。このサイズ、見覚えないだろうか。そう、スマホの画面とほぼ同じサイズなのだ。絵画としてみると小さすぎるが、われわれは日々この大きさの画面を見つめているのだ。」
(8)
アップデート:亜 真里男:藤田嗣治・Léonard Foujitaの作品との出会い(1)(2018年7月27日)
Encountering the works by Léonard Tsuguharu Foujita (1)
https://art-culture.world/articles/encountering-the-works-by-léonard-tsuguharu-foujita-1/
戦争犯罪人の疑問文、藤田嗣治・Léonard Foujitaの戦争画との出会い (2) (2017年5月1日)
http://www.art-it.asia/u/sfztpm/hVrFCLmWy83oKeX2zZwM/
バルテュス・藤田嗣治・フェリーニ (1-3) (2014年6月8日)
http://www.art-it.asia/u/sfztpm/T8Bt7eCu3goqfkVjcMXm/
http://www.art-it.asia/u/sfztpm/tWZEXHFGiLMcuI9lge0D/
http://www.art-it.asia/u/sfztpm/axowYQA5ZcM8i7nRg4rH/
(9)
横尾忠則の書評:「絵筆のナショナリズム ー フジタと大観の<戦争>」柴崎信三 <著>「2人の戦争画家 二つの人生」、朝日新聞、2011年9月11日、ページ14(読書)
(10A)
日独伊三国同盟ファシズム:横山大観とベニート・ムッソリーニ(2018年4月1日)
Fascism Axis Japan-Germany-Italy: Nihonga Painter YOKOYAMA Taikan and Benito Mussolini
https://art-culture.world/articles/fascism-axis-japan-germany-italy-nihonga-painter-taikan-yokoyama-and-benito-mussolini/
(10B)
2018年6月22日のアップデート、NHKニュースより(記録の為、そのうちに消えます):
スクリーンショット
皇居「三の丸尚蔵館」新施設建設の方針固める
2018年6月22日 16時39分
皇室ゆかりの国宝級の美術品などを所蔵する皇居の「三の丸尚蔵館」について、宮内庁は現在の建物を取り壊し、新たな施設を建設する方針を固めました。展示と収蔵のスペースを大幅に拡充する計画です。
皇居・東御苑にある「三の丸尚蔵館」は、皇室から国に寄贈された国宝級の作品を数多く含む1万点近い美術品を保存・管理するとともに、無料で一般公開しています。
この施設について、宮内庁は展示スペースが手狭で、収蔵品の増加も見込まれるため、増築するとともに皇居内に収蔵専用の別の施設をつくる準備を進めてきました。
しかし、宮内庁が設置した有識者懇談会では、「収蔵と展示の場所が離れ、美術品の移動にリスクがある」とか「展示スペースがあまり広がらない」などと否定的な意見が相次ぎました。
このため、宮内庁は「三の丸尚蔵館」の増築などの計画を白紙に戻し、今の建物を取り壊して展示と収蔵の機能を集約した新たな施設を建設する方針を固めました。
新たな施設は地上3階、地下1階とし、今と比べて展示スペースを8倍程度、収蔵スペースを4倍程度に拡充する計画だということで、一度に展示できる作品の数が大幅に増え、展示品の入れ替えのための休館もなくなる見込みです。
宮内庁は来年度予算案の概算要求に向けて、新たな施設の具体的な設計を進めることにしています。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20180622/k10011491301000.html
(11)
ナチス芸術
Art of the Third Reich(英), Kunst im Nationalsozialismus(独)
ナチスによる芸術統制において賛美された写実的で古典主義的な芸術。1930年代にヨーロッパで隆盛していた抽象美術や表現主義、バウハウスなどを「退廃芸術」と称し弾圧したナチス・ドイツは、新しいドイツを実現するために「血と土」「アーリア人第一主義」「反ユダヤ主義」のイデオロギーを体現する純正ドイツ芸術を民衆に推奨した。「退廃芸術」を国民に知らしめる展覧会を各地で開催すると同時に、これらナチス芸術の展覧会も巡回し、37年にミュンヘンの古代ギリシャ風建築である「ドイツ芸術の家(ハウス・デア・ドイチェン・クンスト)」が完成すると、44年まで毎年「大ドイツ芸術」展を開催することになる。展示作品は牧歌的な風景画、大家族や農村の労働を描いた風俗画、優美で健康的な裸体画、記念碑的な巨大彫刻などで、前時代的な古典主義的写実ばかりであった。それまであまり知られていなかったアドルフ・ツィーグラーなどはドイツ精神を代表する画家として急激にもてはやされ、ナチス政権下の帝国造形美術院の指導者となるなど、ドイツ美術界の価値観は根底から揺らいだ。音楽においても、ジャズが徹底的に弾圧された一方、軍楽隊やヒトラーの意向を取り入れて演出されたオペラを上演する音楽祭がたびたび催されている。ナチスのプロパガンダという側面に加え、ヒトラー自身が印象派以降の美術を理解せず嫌悪していたことなどもあり、わかりやすく陳腐な古典主義芸術が賞賛された。一方で破壊された近代美術の損失は計り知れず、55年の第1回ドクメンタはモダン・アートの名誉回復をテーマに、「退廃芸術」との烙印を押された芸術家たちの回顧展で幕を開けるなど、戦後ドイツはイメージ回復と文化的復権に尽力する。
著者: 栗栖智美
http://artscape.jp/artword/index.php/ナチス芸術
(12)
レジスタンス運動
https://ja.wikipedia.org/wiki/レジスタンス運動
Italian resistance movement
https://en.wikipedia.org/wiki/Italian_resistance_movement
Resistenza italiana
https://it.wikipedia.org/wiki/Resistenza_italiana
Italian resistance movement
https://en.wikipedia.org/wiki/Italian_resistance_movement
Japanese dissidence during the early Shōwa period
https://en.wikipedia.org/wiki/Japanese_dissidence_during_the_early_Shōwa_period
土曜日 (週刊紙)
https://ja.wikipedia.org/wiki/土曜日_(週刊紙)
「反ナチ運動、反ファシズム、国内レジスタンス運動」のドイツ記念切手
2017年5月1日
http://www.art-it.asia/u/sfztpm/1iagJ3OBHX9wQjRI4fTN
治安維持法
https://ja.wikipedia.org/wiki/治安維持法
https://en.wikipedia.org/wiki/Peace_Preservation_Law
https://de.wikipedia.org/wiki/Gesetz_zur_Aufrechterhaltung_der_öffentlichen_Sicherheit_(Japan)
https://ko.wikipedia.org/wiki/치안유지법
(13)
退廃芸術 (1+2) (2017年4月27日)
http://www.art-it.asia/u/sfztpm/cDUR8siqzgQClbmYxLna/
http://www.art-it.asia/u/sfztpm/UDfAZeWpdM7aLcJvjP4m/
アップデート:
日本の戦争画家と違って、現在、ドイツの退廃芸術のアーティストたちへの注目
(2017年6月28日)
http://www.art-it.asia/u/sfztpm/7iekdZCNQY2Gnb3omLWB/
(14) (up-date)
退廃芸術のアーティストたちのドイツ記念切手 (過去サイト・アーカイブの再投稿、2017年5月13日)
Deutsche Post Gedenk-Briefmarken zu Künstlerinnen und Künstler der “Entarteten Kunst” (repost from the archive, 2017/5/13)
https://art-culture.world/articles/entartete-kunst-退廃芸術-アーティスト-ドイツ記念切手/
Otto Dix. Der Krieg
(15)
強くおススメ「戦後」展 @ ハウス・デア・クンスト、ミュンヘン (2017年1月28日)
http://www.art-it.asia/u/sfztpm/8fONumxKRAHTiSJDt7vw/
反戦・Cool九・東京国立近代美術館展「特集: 誰がためにたたかう?」(2015年9月5日)
http://www.art-it.asia/u/sfztpm/aAyrxYiBvctjoMpKLOwI
岩波ブックレット《原爆の図》のある美術館
丸木位里,丸木俊の世界を伝える (2017/04/05)
https://www.iwanami.co.jp/book/b285374.html
(16)
村田真 「プチ戦争画」シリーズ @ SNOW Contemporary (1+2) (2017年4月23日)
http://www.art-it.asia/u/sfztpm/lpO5V2WL6baw0DvNomHf/
http://www.art-it.asia/u/sfztpm/vIlgcpiJW0M3Eun4RoTV/
(17)
会田誠、東京都現代美術館による撤去要請の経緯明かす クレームは1件だった (2015年7月26日)
http://www.art-it.asia/u/sfztpm/OAcRVUmBFhzQ4fy3HjSk/
会田誠、東京都現代美術館による撤去要請の経緯明かす クレーム (続き) (2015年8月1日)
http://www.art-it.asia/u/sfztpm/qXMAt6UsweRQTWkxgzhF
伝説の「空気」展となる、小泉明郎 @ 無人島プロダクション (2016年4月30日)
http://www.art-it.asia/u/sfztpm/WYIs6a2zp1AZiE5cn9eg/
非常に見応えのある小泉明郎展「帝国は今日も歌う」@ VACANT 原宿 (2017年5月3日)
http://www.art-it.asia/u/sfztpm/4QMGnieJDAz20qkflNHw/
(18)
反戦・Cool九・東京国立近代美術館展「特集: 誰がためにたたかう?」(2015年9月5日)
http://www.art-it.asia/u/sfztpm/aAyrxYiBvctjoMpKLOwI
(19)
FRONT
https://ja.wikipedia.org/wiki/FRONT
NIPPON (グラフ誌)
https://ja.wikipedia.org/wiki/NIPPON_(グラフ誌)
(20)
東京オリンピック2020・福田美蘭展・富士山 (2013年9月19日)
http://www.art-it.asia/u/sfztpm/6O7XBmoL3QluGCKtsNU2/
亜 真里男 対 森村 泰昌 (2010年4月12日)
http://www.art-it.asia/u/sfztpm/LHbI2OsDVlcARikQxemj/
日本一現代美術家: 会田誠 (上)(2013年3月16日)
http://www.art-it.asia/u/sfztpm/PNGoCV8r0sFzpv3tTWUM/
我が国にっぽん、「国民的現代美術家」会田誠の円熟した新作展 (2014年2月14日)
http://www.art-it.asia/u/sfztpm/QqYRi2UbnsLx36aoNTpO/
奈良 美智とA.R.ペンク (2009年10月8日)
http://www.art-it.asia/u/sfztpm/EUCm4WSQ7rVz1gA56KZL
日本現代美術界を巡る村上隆と村上裕二兄弟 1-4 (2015年11月2日)
http://www.art-it.asia/u/sfztpm/6p2UkBKatRZjGcDfhVri/
(21)
柴崎信三の書籍「絵筆のナショナリズム」幻戯書房、2011年、ページ91
(22) (up-date)
我が国にっぽんの恥「日展」
“Nitten”, the Shame of our Nation Nippon
https://art-culture.world/articles/nitten-the-shame-of-our-nation-nippon/
(23)
「日本人に生まれて本当によかったと、きょう思いました。文化のために何をしたのかなという反省も大きくあります」と今月、文化の日に文化勲章親授式の記者会見で俳優高倉健さんが述べました。
https://art-culture.world/articles/nitten-the-shame-of-our-nation-nippon/
(24)
アキエリークス
「安倍昭恵夫人に関する様々な資料を公開してまいります。」
https://akie-leaks.com
https://www.amazon.co.jp/美術大鑑%E3%80%882017年版〉/dp/489979049X
アップデート up-date:
(神道の「神なりか富士か」)
ご参考:
足立美術館 開館50周年記念 横山大観の全貌 ―名画100点にみる至高の芸術―
Nihon-ga Painter YOKOYAMA Taikan gets full treatment at the Adachi Museum of Art, Shimane Prefecture
https://art-culture.world/articles/yokoyama-taikan-adachi-museum-足立美術館-横山大観/
我が国にっぽんの恥「日展」
“Nitten”, the Shame of our Nation Nippon
https://art-culture.world/articles/nitten-the-shame-of-our-nation-nippon/
1940年(昭和15年)6月 日本ニュース第3号
https://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001300414_00000&seg_number=001
1940年(昭和15年)12月24日
2600年、一億国民の愛国の情熱は、この佳き年にあたって、いやが上にも高揚し、怒濤(どとう)逆巻く世界的混乱の中に、神国日本の聖業完遂を深く心に銘記したのであります。
「天皇陛下、万歳。」
(一同、万歳三唱)
嗚呼、感激の2600年。この佳き年に巡り会う千載一遇の国民(くにたみ)の幸。何をもってか、これに代えん。
1月14日、阿部内閣は4ヶ月の短命を米内海軍大将に譲り、新内閣は15日、その組閣を完了しました。新東亜建設の聖業完遂のために、2月22日、帝国議会は103億の膨大予算を可決。非常時国家経済はついに100億突破の新記録を作りました。
…
帝国はさらに一歩を進めて、世界新秩序運動に積極的協力をなし、世界平和の将来を目指して、盟邦ドイツの首都ベルリンに日独伊三国同盟の調印を行い、全世界を驚倒せしむ。ときに9月27日午後1時、まさに外交電撃戦というべく、英米旧勢力、愕然(がくぜん)として声なし。
…
世界遺産「アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所」(唯一の外国人公式ガイドに感動!感銘!)
Colette: The French resistance fighter confronting fascism – Oscars 2021 Short Documentary Winner
2023/6/28
Ehemaliger Résistance-Kämpfer lüftet Geheimnis um Kriegsverbrechen
Japanese dissidence in 20th-century Imperial Japan
https://en.wikipedia.org/wiki/Japanese_dissidence_in_20th-century_Imperial_Japan
ここに載せた写真やスクリーンショットは、すべて「好意によりクリエーティブ・コモン・センス」の文脈で、日本美術史の記録の為に発表致します。
photo: cccs courtesy creative common sense
(originally postet at ARTiT web magazine, 2017/5/20)
up-date:
即位を祝い・・・万歳三唱 国民祭典8(19/11/09)
安倍総理の万歳三唱に合わせ陸自が礼砲 即位礼(19/10/22)