Goro-kun, der Hüfte Wissenschaftler 山田五郎 (昭和33年〜令和8年)

山田五郎に関するウィキペディアのページは、どの外国語版にも存在しない。
彼は単なるローカルな存在であり、機知に富んだ才能ある人物だった。
五郎くんとはいつもドイツ語で話していた。僕の故郷の近くで製造されているスイス製腕時計への彼の愛着や、軽井沢にある彼の家について語り合ったものだ。僕は彼の性的な含みのあるアプローチを断り続けた。
ヨーロッパの美術史については非常に博識でしたが、それはあくまで書物からの知識に過ぎませんでした。
五郎くんはグローバル現代アートとそのアートプラクティスを理解することすらできず、ましてや適切に分析することなど到底できませんでした。だからこそ、僕たちの道は分かれたのです。僕にとっては、Goroはもう「OUT」でした。
Lieber Goro-kun、『タモリショー』のあの尊敬すべき「ヒップな科学者」aka 「尻学者」 aka “Hüftewissenschaftler”よ、今やあなたは私たちのもとを去ってしまいました。Tschüss、そしてRuhe in Frieden, werter Albertus Magnus。あの世で、他の愛すべき人々、あなたのキリスト教の天使たちと共に。
東京、令和8年7月23日
亜 真里男














