林忠彦作品BOX『無頼』、瀬戸内寂聴 by 横尾忠則、ゴードン・マッタ=クラーク @ 東京国立近代美術館、千鳥ケ淵戦没者墓苑 HAYASHI Tadahiko edition work "BURAI", SETOUCHI Jakucho by YOKOO Tadanori, Gordon Matta-Clark @ The National Museum of Modern Art, Tokyo, Chidorigafuchi National Cemetery
林忠彦のアイコン写真は、海外でも良く知られており、ファインダーを通じて、カストリ時代を上手くつかまえた人物だと言えるでしょう。
現在、生誕100年を記念した展覧会が、東京九段南にあるギャラリー册で開催中。
素敵なブックギャラリーカフェ空間の中で、林の代表作品をゆっくりと鑑賞でき、さらに、無頼派の小説家の象徴写真をリーズナブルな値段で購入できる事は、とても嬉しいです。
たまたま、ギャラリーにいらした、作品BOX『無頼』を制作した佐村憲一氏と知り合い、林忠彦の世界や様々な写真の面白いエピソードを丁寧に説明して頂きました。とても感激な時間でした。
思えば26年前に、林忠彦のご子息である、林 義勝氏 (HAYASHI Yoshikatsu)が、私の個展「ベルリン壁のあとで」(銀座のKODAK IMAGICAギャラリー)を観に来られて、そこで会話したことが思い出深く残っています。
90年代、海外に「現代日本文学」を紹介した事がある私は、林忠彦が撮った瀬戸内寂聴の写真を見て、自然的に、比較できる写真を思いつき、こちらに添付させていただきたいと思います。
林忠彦が体験した日本像、本物の白黒プリント、写真の魅力、記録の力に感心を持つ方は、今月29日までに、ぜひ、面白いギャラリー册空間へ!
東京、2018年9月15日
亜 真里男
生誕100年記念 林忠彦写真展「カストリ時代 1946-1953―喪失をだきしめて」
ギャラリー册
2018年8月10日~9月29日
定休日:月曜、日曜、祝日
東京都千代田区九段南2-1-17、パークマンション千鳥ヶ淵 1F
Tel 03-3221-4220
http://www.satsu.jp/?p=1151
http://www.satsu.jp
HAYASHI Tadahiko Photo Exhibition
Gallery Satsu
From 11:00 to 19:00, free entrance
Closed on Mondays, Sundays
Tel 03-3221-4220
Park Mansion Chidorigafuchi 1F, 2-1-17 Kudan Minami, Chiyoda-ku, Tokyo 102-0074
Gallery Satsu is a book gallery café available as a tearoom and a library containing paperback books and collected editions of various writers and artists.
https://ja.wikipedia.org/wiki/林忠彦
https://en.wikipedia.org/wiki/Tadahiko_Hayashi
https://ja.wikipedia.org/wiki/カストリ
https://ja.wikipedia.org/wiki/カストリ雑誌
A Titan of Showa Era Photography:
The Work of Tadahiko Hayashi as a Narrative on His Times
http://fujifilmsquare.jp/en/detail/18040104.html
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今年、生誕100年を迎える昭和を代表する写真家の一人、林忠彦。太宰治や織田作之助、坂口安吾など無頼派と呼ばれる文士たちの肖像で知られる彼は、戦後、北京から引き上げるとすぐにカメラを持って東京を撮り歩き、敗戦からの復興を目指してたくましく生きる人々を活写しました。そして、それらの作品をカストリ雑誌で次々と発表し、高い人気を得ます。「カストリ雑誌」とは、この時代に発行された安価な大衆娯楽誌のことで、その名前は当時出回っていた粗悪な密造酒「カストリ焼酎」に由来します。3合呑むと潰れる「カストリ焼酎」のように、たった3号で廃刊する「カストリ雑誌」。ただ、廃刊してもすぐに新しい雑誌が生まれ、それだけ当時の人たちは活字や写真を渇望していたのです。
1956年、経済白書に「もはや戦後ではない」と記されました。今、林の作品を見ても、遠い過去のように思え、実感など持てないかもしれません。ましてや、作品を見るだけで当時の人たちと同じ体験などできないでしょう。
しかし、林の作品から、さまざまな想像を働かせることはできます。例えば、品川駅でとらえた笑顔を見せる復員兵たち。戦地から帰ったことに喜びを感じているのか。それとも、友を失い、家族を失い、愛する人を失った大きな喪失感を笑うことでひた隠しにしているのか。
想像とは、過去と現在を結ぶ唯一の方法です。そして、写真はその想像を生み出す装置と言えるのではないでしょうか。弊ギャラリーは、千鳥ケ淵戦没者墓苑、靖国神社に隣接しています。この夏、林の作品に写し出された戦後の混乱期を必死に生きる人々。彼らと同じように日々を必死に生き、シャッターを切り続けた林の眼を通し、少しでも感じていただけたらと思います。
http://www.satsu.jp/?p=1151
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林忠彦生誕100周年作品BOX『無頼』発売中
ギャラリー册では、現在開催中の「カストリ時代 1946-1953―喪失をだきしめて」の関連企画として発売された、林忠彦生誕100周年を記念した作品BOX『無頼』のご予約を承っています。 欧米では既にアートプリントの技法として一般的になっている高精細印刷で仕上げられた作品は、まさに次世代のアート作品と呼べる仕上がりとなっています。 カストリ時代を彷彿とさせる特製のトタン缶ボックス、たとう紙に包まれた8名の文士の肖像、それに高橋睦郎氏による解説が付された、限定120セットのみの特別な作品BOXは、コレクションとしてもお勧めです。
林忠彦が撮影した昭和の文豪写真――その多くは「小説新潮」など新潮社の雑誌で発表された。 その中から詩人・高橋睦郎氏が「無頼」をキーワードに選んだ8名の文士の写真を美術版画の名匠版画工房のアーティーが《アーカイバル®》の技術で再現。 高橋睦郎氏による解説や林忠彦が遺した撮影裏話などを収録した別冊子を付した、永久保存版作品集。 監督:林義勝 企画:木元禎一 120セット/シリアルナンバー入り 本体価格 1セット 120,000円(税込129,600円)/送料無料 写真8葉(A4サイズ)解説28頁/特製のトタン製BOX入り 【ギャラリー册でお求め頂けます(受注制作)】
ギンザ・グラフィック・ギャラリー第368回企画展
横尾忠則 幻花幻想幻画譚 1974-1975
2018年09月05日(水)~10月20日(土)
京都中央区銀座7-7-2 DNP銀座ビル1F
ギンザ・グラフィック・ギャラリー(ggg)
TEL:03-3571-5206/FAX:03-3289-1389
11:00am-7:00pm
日曜・祝日休館/入場料無料
ギャラリートーク
日時:9月21日(金)17:00ー18:30
出演:平野啓一郎+横尾忠則
会場:DNP銀座ビル3F
定員70名・入場無料
※定員に達しましたので申し込みは締め切らせていただきました。
また会期中に横尾忠則現代美術館学芸員によるギャラリーツアーを予定しています
協 力: 横尾忠則現代美術館、株式会社ヨコオズ・サーカス
後 援: 東京新聞
横尾さんの知る人ぞ知る傑作 平野啓一郎
新聞小説の連載は、私自身、二度経験があり、来年も一つ、予定が入っている。
続き:
http://www.dnp.co.jp/CGI/gallery/schedule/detail.cgi?l=1&t=1&seq=00000728
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時代の寵児として先陣を切って若者文化を牽引していた横尾忠則は、1974~75年にかけて、東京新聞に連載された瀬戸内晴美(現・瀬戸内寂聴)による時代小説『幻花』のために挿絵を描いていました。室町幕府の衰退を一人の女性の視点から綴ったこの小説に、横尾は自由奔放な発想をもって、実験的手法を繰り出しながら、超絶技巧の挿絵を次々と生みだしていったのです。2015年12月、兵庫の横尾忠則現代美術館にて、挿絵の全原画が一般公開されるまで、その存在を知るものはほとんどいませんでした。そのとき、40年間の封印から解き放たれた原画たちは、横尾が第一線で活躍するなか東洋思想への関心を深めていた70年代半ばの、時代の空気やエネルギーを強烈に発散しつつ、新たな生命を解き放ったのです。
今回、横尾忠則現代美術館の多大なるご協力のもと、横尾自らが命名した「幻花幻想幻画譚」を受け継ぎながら、挿絵原画全371点をここ東京の地で、新たな視点から甦らせます。約8cm×14cmの小さな画面から発せられるエネルギーはどこからやってきたのか、40歳を前にした横尾忠則のいた社会情勢にも焦点を当てながら検証します。般若心経を書き込んだり、映画のアニメーションのように同じ場面を少しずつ変化させ連続性を持たせたり、一方、唐突に物語に関係のないモチーフや、作家瀬戸内自身の肖像を登場させたり、原稿が出来上がる前に挿絵を描いてしまったものなど、横尾イラストレーション・ドローイングの真骨頂、横尾グラフィック・ワークの最高傑作が凝縮された小さな宇宙をご体験ください。
http://www.dnp.co.jp/CGI/gallery/schedule/detail.cgi?l=1&t=1&seq=00000728
The 368th Ginza Graphic Gallery Exhibition
Tadanori Yokoo: The Complete Drawings for Genka by Jakucho Setouchi 1974-1975
September 05, 2018 – October 20, 2018
11:00 – 19:00, closed Sundays and National Holidays, free entrance
Ginza Graphic Gallery
DNP Ginza Bldg. 1F, 7-7-2 Ginza, Chuo-ku, Tokyo
http://www.dnp.co.jp/CGI/gallery/schedule/detail.cgi?l=2&t=1&seq=00000728
up-date:
かつて作家の野間宏は山下を「戦後の洋画家十名のうち上位」に数え、最大限の賛辞を寄せていたが、2019年になってもそのことに否定の余地はまったくない。
https://art-culture.world/articles/intention-of-censorship-by-nagoyas-mayor-kawamura-takashi-at-the-aichi-triennale-2019/
(Daughter of DAZAI Osamu 太宰治の娘)
ゴードン・マッタ=クラーク展 @ 東京国立近代美術館。工夫された展示コンセプトで、キュレーショナル・ プラクティスは素晴らしく、映像や写真が多くあり、明快な会場構成でした。
ゴードン・マッタ=クラーク展
Gordon Matta-Clark “Mutation in Space”
東京国立近代美術館
2018/6/19 – 9/17
http://www.momat.go.jp/am/exhibition/gmc/
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待望のアジア初回顧展!
■取り壊し前の建物を切断し、見慣れた日常をまったく新たな空間・時間へと変容させる「ビルディング・カット」をはじめ、軽やかでクール、そしてポエティックな彼の活動は、没後40年となる今日もなお、世界中の注目を集めています。2017年にはポルトガル、ドイツ、アメリカで個展が開催され、2018年には本展のほかフランスで、2019年にはエストニアで個展が予定されています。
■出品点数は彫刻・映像・写真・ドローイング・関連資料など約200点。活動期間約10年、わずか35歳で夭折したマッタ=クラークの、アート、建築、ストリートカルチャーのみならず、アーティストによる食堂「フード」の経営など多面的な活動をフルスケールでご紹介します。
■マッタ=クラークの代表作、建物の一部を切り取る「ビルディング・カット」シリーズの中で最大規模の立体作品《スプリッティング:四つの角》(サンフランシスコ近代美術館蔵)が初来日。これまでほとんどアメリカ国内から出ることの無かった貴重な作品をご覧いただけます。
■マッタ=クラークが生きたのは、世界経済が爆発的成長を始める1970年代、そしてニューヨークという資本主義の実験場でした。そこで行われた彼の活動の核心とは、豊かなコミュニティーの創出にアートが寄与する方法の模索にありました。今日、世界に先立って社会の収縮を迎えつつあるここ東京において、彼の斬新なアイデアの数々は、豊かに生きるためにいま何ができるかを、私たち一人ひとりが考えるためのさまざまなヒントを示してくれるでしょう。
Gordon Matta-Clark “Mutation in Space”
MOMAT The National Museum of Modern Art, Tokyo
June 19, 2018 to September 17, 2018
http://www.momat.go.jp/english/am/exhibition/gmc/
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First full-scale retrospective in Asia!
Gordon Matta-Clark (1943–1978) was active mainly in New York in the 1970s. Despite having died an untimely death at the age of thirty-five, he has continued to attract many followers in various fields including art, architecture, street culture and food. This is the first full-scale retrospective of the pioneering artist in Asia. It presents 200 items including sculptures, videos, photographs, drawings and related materials, offering an overview of his multifaceted activities. “Splitting: Four Corners” comes to Japan for the first time as one of the largest three-dimensional works in his renowned “building cuts” series in which he cut buildings into sections. As Tokyo begins to shrink ahead of the rest of the world, Matta-Clark’s buoyant, cool and poetic ideas will provide various clues for each of us to think about what we can do now to live a richer life.
2018年9月16日:
https://www.instagram.com/exhibition_gmc2018/
exhibition_gmc2018
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あなたのまちのGMC
東京国立近代美術館の企画展「ゴードン・マッタ=クラーク展」(2018年6月19日~9月17日)のInstagramイベントアカウントです。
「あなたのまちのGMC」詳しい参加方法はこちらの「イベント」ページから
http://www.momat.go.jp/am/exhibition/gmc/
Chidorigafuchi National Cemetery 千鳥ケ淵戦没者墓苑 (Chidorigafuchi Senbotsusha Boen) in Tokyo
千鳥ケ淵戦没者墓苑は、昭和34年(1959年)国によって建設され、戦没者のご遺骨を埋葬してある墓苑です。先の大東亜戦争では、広範な地域で苛烈な戦闘が展開されました。この戦争に際し、海外の戦場 において、多くの方々が戦没されました。戦後、戦友等によりご遺骨が日本に持ち帰られ、又昭和28年より海外の遺骨収集が開始されました。この墓苑は日本に持ち帰られたご遺骨において、お名前のわからかない戦没者のご遺骨が 納骨室に納めてある「無名戦没者の墓」であるとともに、この墓苑は先の大戦で亡くなられた全戦没者の慰霊追悼のための聖苑であります。
現在、36万9,166柱(平成30年5月28日現在)のご遺骨がこの墓苑に奉安されております。
http://www.boen.or.jp
千鳥ケ淵戦没者墓苑
先の大戦で海外における戦没軍人及び一般邦人のご遺骨を納めた「無名戦没者の墓」として昭和34年3月28日に創建されました。平成30年5月現在36万9,166柱が、六角堂内(写真)に安置されています。毎年5月に厚生労働省主催の慰霊行事として拝礼式が、また、年間を通じて各種団体主催の慰霊行事が随時行われています。
http://www.env.go.jp/garden/chidorigafuchi/
千鳥ケ淵戦没者墓苑(ちどりがふちせんぼつしゃぼえん、英語: Chidorigafuchi National Cemetery)は、日本の戦没者慰霊施設。第二次世界大戦の戦没者の遺骨のうち、遺族に引き渡すことができなかった遺骨を安置している。公園としての性格を有する墓地公園とされており、環境省が所管する国民公園等のひとつである。千鳥ヶ淵戦没者墓苑、国立千鳥ケ淵戦没者墓苑(こくりつちどりがふちせんぼつしゃぼえん)、国立千鳥ヶ淵戦没者墓苑とも表記される。
https://ja.wikipedia.org/wiki/千鳥ケ淵戦没者墓苑
あるサイトより:
靖国神社と千鳥ケ淵墓苑は、どう違うのですか。また無名戦士の墓というのは、どういうものですか。
東京・九段の靖国神社は、戦前は国家と宗教が結合した国家神道(しんとう)の体制下、陸軍省と海軍省が共同で管理(一八八七年以後)する軍事的宗教施設でした。「天皇のため名誉の戦死」をしたものを祭神(「英霊」)としてまつり、国民に「九段の桜花と散る」ことを誓わせ、軍国主義と侵略戦争推進の精神的支柱の役割を果たしました。
戦後、この歴史の反省の上に政教分離の原則をうたった新憲法がつくられ、靖国神社は都知事認証の私的な宗教法人となりました。神社という宗教施設であることは変わりません。同神社は、一九七八年、侵略戦争推進の責任者のA級戦犯が合祀(ごうし=一緒にまつられる)されるなど、軍国主義と侵略戦争を美化し、憲法の恒久平和の精神に反する実態となっています。欧米のマスコミは、同神社を「戦争神社」(ウオー・シュライン)と特徴づけています。日本を「戦争する国」に変えようとする勢力は、戦死者が出た場合に備え、信教の自由と政教分離の原則を踏みにじる靖国神社への首相の公式参拝、さらに同神社の国営化をねらっています。
これにたいし、東京・千鳥ケ淵墓苑は、名前の特定できない戦没者の遺骨を納める国立の無宗教の墓苑です。戦後、政府と民間団体が海外各地で収集した戦没者遺骨のうち引き取り手のない遺骨は、厚生省が保管していました。無名の遺骨は増え続け、収納施設が必要になりました。靖国神社側は、同神社と関係のない納骨施設ができると神社の衰退につながるとして反対しましたが、五九年三月、無宗教の千鳥ケ淵戦没者墓苑ができました。現在、墓苑は、環境省が管理し、諸外国の「無名戦士の墓」(メモリアル・パーク=共同墓地)と同様の性格です。
東京・青山の解放運動無名戦士墓の「戦士」とは「平和と民主主義を守るたたかいに参加した人」をさしており、一九三五年に建てられました。現在は、日本国民救援会が管理する革新陣営の共同の墓です。
Chidorigafuchi National Cemetery (千鳥ケ淵戦没者墓苑 Chidorigafuchi Senbotsusha Boen) is a national Japanese cemetery and memorial for 352,297 unidentified war dead of the Second World War, located near the outer moat of the Imperial Palace and Yasukuni Shrine in Tokyo, Japan.
https://en.wikipedia.org/wiki/Chidorigafuchi_National_Cemetery
0:29 min
1:40 min
ここに載せた写真やスクリーンショットは、すべて「好意によりクリエーティブ・コモン・センス」の文脈で、日本美術史の記録の為に発表致します。
photos: cccs courtesy creative common sense